蜜月まで何マイル?

    “暑中お見舞い申し上げます”
 



 先の、司法の島・エニエスロビーへの急襲と、成り行き半分ながら発動されたバスターコールを、結果として物ともせずに掻いくぐってしまった一大騒動を経ることで。とうとう世界政府への叛旗を翻す身だと、公言したも同然となった、我らが“麦ワラ海賊団”ではあったれど。だからと言ってそれを機に、彼らの何かが変わったかというと、

 「メンバーが増えたよな♪」
 「船も二代目、新しいのへと移ったし。」
 「でも、大きくなった分、目立つようにもなったってこと、
  肝に命じて…はいないところが、らしいのよねぇ。」

 勇猛な方向への変化ではないところが何ともまあ、彼ららしくって。世界一の船大工たちの集まる島、ウォーター7の“ガレーラ・カンパニー”の社長にして名だたる名匠、あのアイスバーグ市長に、

 『長年船大工をやっているが、俺はこんなに凄い海賊船を見たことがない』と
 『見事な生きざまだった』と

 そこまで言わしめた、彼らの初代の愛船、小さなキャラベルのゴーイングメリー号。その最後の力を振り絞り、彼までもが加担しての壮絶な戦いを乗り越えて。悲しくて悲しくてどうにも涙が止まらなかった別離をも乗り越えて。グランドラインの後半、レッドラインの向こう側、人々が“新世界”と呼んでなお恐れる海域へ、新しい船出を果たした恐るべき若造たちだったのだけれども。

 「俺も相当 肝は太てぇつもりでいたがな。」

 それはそれは苛酷な未踏の地にて、知り合ったり仲間に加わったりした者たちは皆。そんな身であればこそ、その地やそこから先がどんなに凄惨なところかを知っているにも関わらず、怖じけもしない無鉄砲な彼らに呆れて…それから。恐れるべきは彼らの不屈の心根の方だと思い知る。海賊団の下働きだった及び腰な少年が、一途さだけを心の支えに当処ない無謀な旅を続けていた孤高の剣士が、小さな島の嘘つき少年が、大艦隊に狙われた海上レストランを死んでも守ると息巻いたコック殿が、サメ魚人に家族と人生を奪われた少女が、そして王下七武海の一人という絶対的な存在にその命運を翻弄された砂漠の国の王女が。最初は呆れて、それから…決して諦めないことが生む“奇跡”に魅せられ、自分の中にも漲
みなぎる勇気をくれた“彼”へと心酔するまで、さしたる暇間は要らなくて。極寒の地で孤独な戦いを続けていた、本当は寂しがりやな獣人医の頑なだった心を絆ほだし。悲しい宿命を負わされて、生きているだけで罪な存在なのだと世界中から否定され、とうとう心折れての諦めかけてた悲劇の考古学者の凍った心を温めて。彼らへ心からの微笑を復活させられたほどもの奇跡を呼んだ、彼の方こそとんでもない少年船長さんこと、モンキー・D・ルフィ。

 「世界政府へ喧嘩を売るわ、しかもそれに勝っちまうわ。」

 かてて加えて、兄貴はその世界政府との迫り合いで世界の均衡を保つというほど強大な勢力を誇る“白髭海賊団”の幹部で、祖父は名うての海軍中将で、父親は何と…世界に名だたる革命家だというから。まったくもって何てぇ奴だと、一番新しい仲間となった船大工のフランキーが、その大きく張った肩をすくめる。

 “…まあ そっちの後づけは、
  さもありなんという納得の材料にしかならなかったけれど。”

 何とそんな立場のそんな生まれの男だったのかという驚きよりも、そっか、だからこんなとんでもない奴に育ったのだなという順番での、しかも“焼け石に水”程度の納得しか招かないところが凄まじい。

 「もーりんさん、引用が微妙に間違ってるわよ?」

 細かいことは言いっこなしですって、ロビンお姉様vv そんなにも底の知れない凄まじい男だと、壮絶な戦いを経ることにより、その耳目で、その身をもって、心揺すぶられるほど重々思い知ったにも関わらず、

 「あれは夢か幻だったんじゃねぇのかって思っちまうのは、
  めっきりばっきり、俺の側の不徳の致すところなんだろか。」

 サングラスの上にて眉を寄せ、丸太のような腕を組んでの“う〜む”と考え込む船大工殿へ、

 「心配すんな。皆、一度は通る道だ。」
 「そうそう♪ 怖がらなくってもいいのよ?」
 「その道ででも懲りずに迷子になってる奴もいるけどな。」
 「誰の話だ、そりゃ。ああ"?」

 もう慣れたぞと、先達たちがあっけらかんとしているのもまた、
“十分に不安な材料なんだが…。”
 こっそり思う段階の今はまだ、真人間へ引き返せる間合いにあるのかも知れないぞ、フランキーさん。
(こらこら) それはともかく。

  「こんなにも暑さに弱くて、よくもまあ此処まで来れたな、この二人。」

 暦の上での夏場であるその上、夏島海域を掠める航路とあって。甲板へ降りそそぐ真昼の陽射しはなかなかに苛烈。潮の湿気を含んでのねっとりと、周辺の空間を埋め尽くして垂れ込める熱気が、そのまま全身へ隙間なく張り付くようなこの暑さは、まるで…オーブンに入れられた鷄肉の炙り焼きとはこういうことだぞよと、身を持って教えたいかのようなノリで止まず。よって、多少は涼しくなる朝晩以外の日中は、約2名ほどが毎日のように生きた屍状態になっている始末。面子の中でもお子様組にあたる彼らの、干からびようというか溶けようへ、呆れて頭をかしかし掻いているフランキーへ、
「まあ、チョッパーは極寒のドラムで生まれ育った身だから仕方がないんだけれど。」
 もこもこふかふか、豊かな毛並みも暖かい、氷と雪の消えない北国が生態系の定着地。そこへこそ順応しているトナカイさんだものだから。平均気温が40度にも届こうかという日々が続く、灼熱の環境に弱いのは仕方がないけれどと、ナミが言葉添えをしてやって。
「んじゃあ、麦ワラの方も雪国の出なのか?」
 それにしちゃあ、あの瞬発力は並大抵のそれじゃあない。体を温めるのに時間の掛かる、寒い土地の戦法とも思えないがと、喧嘩乱闘にも経験値の高いフランキーが小首を傾げれば、
「う〜んと。確か南方にあるフーシャ村ってトコで生まれ育ったって言ってたような。」
 その島では雪を見たことがないって言ってたしと、付け足しての苦笑するウソップへ向けて、

  「うそっぷ〜〜〜、何か、涼しくなる機械とかないのか〜〜〜?」
  「何言ってやがるかな。
   昨日、高性能自動扇風機を作ってやったら、
   熱風が来るって散々いちゃもんつけやがったくせによっ。」

 甲板の上、へちょりと伸びての横たわり、あと少しで輪郭まで無くなるんじゃなかろうかというほど、溶けて蕩けて ひしがれた様相になっている。世界政府に喧嘩を売った、CP9を総崩れに追いやった、そんな恐るべき海賊団の、

 “これが船長だと、誰が信じることだろか。”

 巨大な戦艦が幾隻も押し寄せて、腕に自慢の将校クラスの海兵らが五万と詰め掛けた中にての、あの壮絶な死闘は目の当たりにした。そうまでの軍勢を、だがたった一人で平らげられようとまで言われていたほどの、世界政府が切り札にしていた死神、CP9のリーダー、ロブ・ルッチを、持てる力を振り絞っての叩き伏せた、鬼のような強さの持ち主だと。伝聞なんかじゃあない、この目で見てこの身で感じ取って知っているのに。
“そうだってことを誰ぞへ証言してやるのは、相当に骨だぞこりゃ。”
 それへの苦笑が絶えないほど、何とまあみっともなくも情けなく。弛緩しまくったその身をだらしなくも晒していることかと、呆れ果てている船大工さんであり。
「なにせ悪魔の実の能力者だから、ちょいと涼もうってノリで海へ飛び込む訳にも行かないし。」
「う〜ん、まあそれはそうなんだろうがよ。」
 理屈は判るが、それでもなぁと。あの時の凄絶なまでの凛々しさや荒々しさとのあまりの落差には呆れるばかり。そいや、フランキーさんってサイボーグの身だってのに、海に飛び込んでチョッパーを助け上げてましたよね。防水加工くらいはされてもいるのでしょうが、鋼の身体って…重たくはないのかなぁ。
(こらこら今頃)
「冒険だの戦いだのと、好きなもんが目の前にぶら下がってりゃあ、もうちっとは しゃっきりともしようがな。」
 そうと付け足し、やはり苦笑をこぼすサンジへ向けて、弱々しい声が立って。

  「さんじ〜〜〜。何か、冷たいもんが欲しい〜〜〜。」
  「あいよ。
   けどお前、どんなクールなスィーツ持って来ても、
   大口での一気に飲み込んじまうから意味ねぇじゃんか。」

 さすが手慣れたおっ母様、もとえシェフ殿が、辛言を残しつつもご期待には応えましょうということか、ひらひらと手を振ってキッチンの方へと踵を返す。炎の間近で働くのがお仕事なせいか、それとも暑さ如きに負けてダンディさを捨てる訳にはいかぬことからの、セミフォーマル・スタイルで鍛えられたか。サンジは暑さへの耐性が高いらしい。

  「ちょっぱ〜〜〜〜、なんか涼しくなる薬とかねぇのか〜〜〜。」
  「そんなもんがあったら、俺がまず使ってる〜〜〜。」

 ごもっとも。
(苦笑) そんなやり取りを交わすおチビさんたちへ、
「何だったら涼しくなるお話でもしましょうか?」
 にこり涼しげに微笑った黒髪のお姉様だったものの、

  「………いや、それは遠慮しとく。」
  「俺も…。」

 おやおや、反応が違うのは何故? あんなに頑張って奪還した博識のお姉様。日頃からも、おとぎ話をいっぱい話してもらってはワクワクと喜んでいる、同じお子様たちの反応とも思えなくて。カックリと首を傾げたセクシーな船大工さんへ、
「ルフィは船幽霊が苦手なの。」
 謹んで敬遠されたお姉様ご本人が、楽しげにそう告げて。
「………船幽霊。」
 通りかかった船へ手に手に柄杓を掲げて近づいて、船の中へと海水を注ぎ込んでは沈めてしまう…なんてな怪談で有名な、数に任せての無体が得意な、海の妖怪というか精霊というか。
「自分の方がよっぽど化けもんなのに、そんな不確かなもんが怖いのか?」
「そういうもんじゃあないの?」
 人間だもの、と。どっかの現代詩人の有名な一節を、歌うように口にした航海士さんではあったものの、

 “それ、絶対本心から思ってねぇだろ、あんた。”

 怒ったらそれこそ情け容赦なくなって、足の形に陥没するくらいの勢いで、ヒールの踵で頭を踏みつぶす。ゴムゴムの能力者と判っていなきゃあ出来ねぇこったろ、それ…というよな激しい折檻も厭わないナミだってことも、とっくに知ってる新米さんが。
「………。」
 やっぱり呆れて見送った先。もっと呆れてしまう光景へとすたすた近づいてっての、手はお膝。いかにも動けませんと倒れ伏してる船長殿へと、スリムな身で作った日陰をかざしてやっての、上から覗き込み、

 「ま〜ったく。
  夜風に晒された甲板が冷たくて気持ちいいのは朝のうちだけって、
  何度言ったら覚えるのかしらね、この鳥頭の船長は。」

 それに懐いての甲板へ擦りついて、涼しい涼しいと朝寝をしているうち、じわじわと登った陽が容赦なく降りそそぎ、あっと気がつけば逃げるタイミングを逸している。この海域に入ってからこっちのずっと、毎日毎日同じことを繰り返している彼らであり、

  「しかも。」

 そう。しかも。それだけだったなら“もうもうしょうがないわねぇvv”という微笑ましさだけで済んでもいたろうが、

  「暑いなら何でまた。
   そんな暑っ苦しい男のお腹の上で寝そべっているのかしらねぇ。」
  「…暑っ苦しいは余計だ。」

 そう。選りにも選って、剣豪殿を敷布団代わりにして。へちょ〜っとしなびかけてる船長さんなものだから、腹に据えかねるもの多々ありなナミだったらしくって。

 ―― つか、今の“暑っ苦しい”は体温がって意味じゃねぇだろお前。
    当たり前でしょ、せめて見えないトコでいちゃついてよね、あんたたち。
    ルフィよりは平熱が低いんだよ、俺は。
    あらそう、それで熱伝導の効果でルフィが少しでも涼しくなるってワケ?
    難しいことは判らんが、そういうことだ。

 何だか不毛な口喧嘩が始まって。片やはルフィを腹の上へ乗っけたまんま、片やはルフィへの日陰を保ったまんまというのが、

 「船長へ過保護なところも、ここの持ち味なのかねぇ。」
 「らしいわよ?」

 頼りになるやら ならぬやら。でもまあ愛されてはいるらしい、気のいい船長と。過激だけれどそれなり仲良しな
(?)チームカラーは悪くはないと。新入りの船大工さん、油を塗ったような正青の空を見上げる仕草に誤魔化して、擽ったげにくすすと笑ったのでありました。







  〜Fine〜  07.7.29.〜7.30.

  *カウンター 255,000hit リクエスト
    tiara様 『蜜月まで〜設定で、ルフィがゾロに甘えている甘々なお話』


 *最後の最後にならないと、どう“甘えて”いるのかが判らないという、
  リクのお題を“オチ”で消化してしまってて済みません。
  でも、好きな人とならどんなに暑かろうとくっついていられるとも思ったもので。
  ………そんなの“干もの女歴 十ン年”というおばさんの、
  単なる空しいドリームでしょうか?
(苦笑)

 *新しいお船、サウザンドサニー号とやら、
  外観もスペックも何にも知らないので、
  原作拡張のお話がなかなかいじれないのが困ります。
  関西ではアニメの放映もずれ込みまくってますしねぇ。
(シクシク)
  舳先がライオンだとか? 早く観たいよう〜〜〜。

ご感想はこちらへvv**

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